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DJ happyWeedCatの公式ブログ

大麻使用における酔い方の種類~グッドトリップとバッドトリップ~

 

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近年日本のお茶の間を度々賑わしている大麻関連のニュースの数々であるが

その話題の大麻の酔いにも実は大きく分けて二つの酔いの

種類があるのはご存じだろうか?

通称

・グッドトリップ(Goodtrip)

・バッドトリップ(Badtrip)

 

今回の記事ではこの二つの酔い方、特にバッドトリップから抜け出す方法を

 主に紹介していこうと思う。

 

グッドトリップ(Goodtrip)とはその名のとおり

大麻による良いトリップのことである。

 

サティバとインディカという品種の違いにもよるが

良い酔い方の波に乗ることが出来れば

大麻は使用者を内側からポジティブにしてくれます。

 

五感全ての感覚が研ぎ澄まされ、

ここ10年で10倍にもなったと言われる圧倒的情報社会によって

酷使された脳と心は一度ニュートラル、フラットな状態へとリセットしてくれる。

 

大麻の酔いの特性の一つでもある

『一つの事に集中出来る』

という特性を活かして、例えばイヤフォンで

音楽を聞いてみれば、それはもう普段とは全く違う感動を得ることが出来るのである。

 

と、このように大麻の酔いの波を良い方向にコントロールすることが出来れば

それはもうお酒や煙草の酔いとは全く違う、新しい感覚の感動を知ることが出来るはずである。

 

しかし大麻初心者はもちろんのこと、

十年単位で大麻を使用をしている熟練のストーナーでさえ

量や場所、時間や一緒に楽しむ人物などのセッティングを一歩間違えてしまうと

誰しもが陥ってしまうのがバッドトリップと呼ばれる

お酒で表すのであれば、悪酔いのような最悪の酔い方をしてしまう

危険性が大麻にはある。

 

その大麻の最悪の酔い方であるバッドトリップの中でも

更に細かく分類するのであれば、肉体的バッドと呼ばれるものと

精神的バッドと呼ばれる二つの種類に分ける事ができる。

 

肉体的バッドとは、特に大麻の酔い方にまだ不慣れな大麻ビギナー

に起きやすく、視覚情報と脳の認識速度のズレなどから平衡感覚や三半規管に

影響を及ぼし、嘔吐感や頭痛、貧血、目眩や立ちくらみのような症状に

襲われることを指す。

 

また副作用による喉の渇きや目の充血といった作用も

大麻使用による副作用の知識が無いために

パニック状態に陥ってしまうといったこともある。

 

こうした肉体的バッド状態からグッドトリップへ回復する方法はいくつもあるのだが

一番簡単な方法は

『別の何かに集中する』という方法が最も効果的である。

 

大麻を非犯罪化し、アムステルダムのコーヒーショップなどでの喫煙を許している

オランダや全面解禁されたカナダなどでは早くから採用されていて

 

甘い紅茶やコーヒーなどを飲ましたり煙草などを吸わせたり

流れているBGMに耳を傾けさせたり呼吸に集中させ

瞑想状態にしたりと、その国の文化や歴史によって

その手段は多くあるのだが

一番大事な事は『大麻によるバッドトリップに集中してしまっている状態から抜け出す

手段を与えてあげること』

によってバッドトリップからの回復を促してあげる事が大事である。

 

欲を言えば身近に熟練の大麻経験者がいれば

初めての大麻使用でのバッドトリップの可能性を大幅に下げることが出来るであろう。

 

次に精神的バッドトリップについてであるが

日本のような大麻に関して幼い頃からの国の教育により植え付けられた

洗脳教育による遵法精神による精神的支配、

非合法という抑圧された環境(セッテイング)

のせいで、もしかしたら捕まってしまうかもという勘ぐり、

妄想、また心身に何かしらの

ストレスなどを極度に抱えている場合などは大麻の特性の一つである

『一つのことに集中する』という作用がそれを膨らませてしまいこれもまた

パニック状態などに陥ってしまう事を指す。

 

これが大麻による所謂精神的バッドと呼ばれるものであり

その正体は自分の内側の醜い面、

恥ずかしい面なども大麻の精神的酔いの

エフェクトにより客観的に見せつけられることにより

結果パニック状態などに陥ってしまうことが稀にあるのだ。

 

これも実は肉体的バッドトリップの対処と同じく

『別の何かに集中する』

という対処法で魔境入りを回避することが出来るのである。

 

このようにどちらも知っていれば大した知識ではないのであるが

もしまだ大麻の経験がまだ無く、これからウルグアイ

カナダなどの合法な国で大麻を体験してみたい!

という日本人の方はバッドトリップの恐ろしさと対処法を

こういったブログやサイトなどで予習しておくことで

となるので頭の片隅にでもおいておけばいざ

バッドトリップに陥りそうになった時は

『別の何かに集中する』を思い出してみて

バッドトリップから無事抜け出し

ハッピーでピースなストーナーライフを楽しんでくださいませ!

see you next chill time♪

bye!

 

 

二重振り子から見るマルチタスクの無意味さ

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二重振り子のカオス理論という理論を知っているだろうか?

振り子の先にもう一つの振り子を連結させ振り子を一旦揺らすと

カオスと呼ばれる極めて複雑で非周期的な運動が発生することで知られている。


二重振り子 (大) で観測されるカオス現象

 

動画でも見て取れるが、単体では規則的な運動を繰り返す振り子ではあるが

その先に二つ三つと振り子を連結させ、

運動をさせると全く異なった予測不可能な動き(カオス)

を発生させてしまうのである。

 

私はこれを見て、人間の行動にも同じことが言えるのではないかと考えたのである。

具体的に言えば、本来人は単一作業しか出来ず、マルチタスクには向いていないのではないかという事である。

 

コンピューターのCPUが2コア4コア8コアと、今では当たり前のように

同時並行処理が可能となっているが、コンピューターで言うCPUにあたる

脳という器官は、先天性の病気などの特例を除き

基本的には一人につき一個しか与えられていない。

 

例えば食事をしながら勉強をするという行為は

一見『食事』と『勉強』の二つの行為を同時に処理出来ている様に見えるのであるが

その実どちらも中途半端な成果となり、まさに二兎追う者は一兎も得ず

の状態に陥ってしまうのである。

 

以前の私もそうであったのであるが、同時に並行していくつもの作業をこなすのが

最も効率的であり、無駄な時間を短縮しつつ多くの成果を得られると

信じていたのではあるが、二重振り子の実験と同じように

同時に作業を並行して処理しようとすればするほど

その連動性はカオスを生じさせ、結果どちらも大して身に付かないという結果を

もたらしてしまうのである。

 

そんな馬鹿な、私はマルチタスクで同時にいくつもの作業を処理出来て

それぞれに満足する結果を得られているという人も中にはいるのかもしれない。

 

しかしそれは俗に言う天才と呼ばれる人達が脳内で

作業を効率よく分担し、同時並列処理を可能としているだけであり

私を含む殆どの人類は基本的にはシングルタスクでしか成果を出すことは出来ないのである。

 

急がば廻れとはよく言うが、何かそれぞれの分野や

行動で結果を出したいのであれば、まずは自身のマルチタスクを見直してみて

一つ一つの作業をシングルタスクで処理していくことこそが

自身が満足する結果を得る最短の道なのかもしれない。

 

【IOS:12】スクリーンタイムから見る現代人の多くがスマホ依存症であると言える話【雑記】

 

つい先日米Apple社がiPhoneXS・iphoneXS MAX等の新機種を発表し

現在も世界のスマホガジェット好きたちが挙ってその新機種のレビューを行っているが

今回の発売に伴いその最新機種に搭載された最新IOS12への

メジャーアップデートが既存のiPhone5S以降のモデルでも可能となった。

 

キーボード表示や各自細かい部分での操作速度が上がるとの謳い文句から

私も更新が解禁されるのと同時に

発売日からはや1年で画面を3回叩き割っては治しを繰り返した

我が愛機BiPhone7productRED256G

『南無三!!』

と勢いよくiTunes祭壇の人柱になるべく捧げた

のではあるが

 

本来のアップデートにおけるメインの目的であった

操作速度の向上測れるアプリ、コントロールセンターに

QRカメラボタン搭載などの目ぼしい新機能よりも

 

設定の項目にさり気なーく新たに加わっていた

これもiOS:12からの新機能であるうちの一つ

 

スクリーンタイム】

 

を見て

 

思わずの自分のスマホ依存症ぶりに手が震えた』

のはよもや私だけではあるまい。

 

何か普段の生活の上で、新しく行動をしようと思いつく度には

すぐに『時間が無い』などと言い訳をして

実際に行動に移さないことが多い私ではあるがこうも明確に

お前の普段ゲームとSNSに使っている時間はこれだよ^ ^

 

とスクリーンタイムと言う文字の名の通り

こうして数字で眼前に突きつけられると

『これは少しスマホの使用を制限しなければ......

と思い立たせるには十分な機能であった。

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幸いスクリーンタイムの中の項目には

休止時間という項目と

App使用時間の制限と言う

2つの便利機能も搭載されていおり

 

早速私も早速この機能にあやかり

とりあえずゲームとSNSを使用する時間に制限を設けてみたのである。

 

これは文字通りスマホの使用自体を休止する時間を設ける機能と

アプリごとに1日の使用時間を制限できる機能であり

 

この2つの便利機能を駆使して

これからの自分の一日におけるスマホを使う時間をしっかり管理していき

生活の質(QOL)を上げていこうという試みである。

 

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↑とりあえず1時間づつの使用制限を課されたアプリの図

 

今回あえて強い言葉で検索効果を狙いたかったのは別として

あえて記事のタイトルにはスマホ依存症などと怖い言葉を使ってはいるが

 

iphoneだけではなく、手のひらの上ですぐにインターネットに繋がれるスマートフォンという端末は

 

我々、超情報社会を生きる者達にとっては最早欠かせない相棒であり

私のようにインターネット上で情報を発信することによってご飯を食べていこうとしている人達にとってはどうしても切っても切れない問題であるのではと思う。

 

これを読んでいる貴方も

私のように生きていく上で欠かせないその相棒との距離を

このアップデートを機に一度見直してみては如何であろうか?

 

進化を続けるテクノロジーの渦に感謝をしながら、より柔軟にかつ自分のライフスタイルに組み込ませていくことで

より良いスマホライフをエンジョイ出来るのでは無いだろうか

 

正社員からホームレス、ネカフェ難民や裏カジノのディーラなど、

裏表合わせて100種類上の職業を経験し

現在はブロガー目指して日々勉強中である

元接客グランプリ出場経験ありのスマホ販売員の独り言でした。

 

see you next chill time!

器用貧乏ほど損をするという話

 

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『自分は器用貧乏だ!』

と謳う人は世の中にどれだけいるのであろうか?

goo辞書から器用貧乏の意味を引用させてもらうとこうある

  • なまじ器用であるために、あちこちに手を出し、どれも中途半端となって大成しないこと。また、器用なために他人から便利がられてこき使われ、自分ではいっこうに大成しないこと。

 

私は器用貧乏であることを<なまじ器用であるため

という部分だけ都合よく切り取り、ある意味長所と捉えていたため

小学生の頃は器用貧乏と言われるたびにいつも喜んでいたアホでもあったのだが

まあ昔から器用貧乏をなんとなく自負しており

どんな事でもすぐに人並みかそれ以上にはこなせる自信はあった。

 

今回は自分こそ器用貧乏であると自負する

特にサラリーマンの方に読んで欲しい記事でもある。

 

いまではフリーで仕事しているが

まだ20代の初め、私がまだ正社員でサラリーマンだった時代に

その持ち前の器用貧乏のスキルを存分に活かし

本来の業務に加え次々に新しい仕事を任されることに

最初は優越感や喜びを感じたりもしていたのだが

 

段々と増える仕事と、増えない給料のギャップ

そしてついに自分が処理できるキャパシティをオーバーした

仕事まで引き受けてしまったりして

最終的には自分自身が潰れてしまい

まさに器用貧乏の成れの果てにふさわしく結果退職へ……

のサイクルを就職する先々で起こしていた。

 

現在のようなフリーの立場になってから

そうなってしまった様々な要因を私なりに色々と分析してみた所どうも

自分の器用貧乏さが仇になっていたのではないか?

と自覚したわけである。

 

どうやら器用貧乏というスキルは日本の雇われサラリーマンにとって

最も発揮してはいけないスキルの一つであり

その持ち前の器用貧乏というスキルを職場で発揮すればするほど

特に新人社員で入った時なんかには、

それはもう最初から凄い勢いで仕事をこなして上司からも周りからの評価を

あっと言う間に上げていくのであるが

 

現在の日本の労働環境において、仕事を効率よく早く

こなせばこなすほど、そのこなして空いた業務時間には

更に新しい仕事を組み込まれ、仕事量が増えるという悪習が未だ蔓延る

過労死大国日本ではまさに自分で自分の首を締めているようなものである。  

 

日本の一般的な会社でよく見るこの悪しき社会構造は

ブラック企業と言う言葉と共に、最近は淘汰の流れになりつつあるのだが

まだまだ欧州諸国のように、仕事を効率良くこなす有用な社員に対して

それなりの待遇や報酬を支払う仕組みにある会社は未だ少ないのが現状である。

  

これは

天才である私と同じように(やかましいわw)

様々な仕事を器用にこなしてしまう人ならではの特有の悩みであり

本来アドバンテージであるはずの器用さ裏目に出てしまった故の結果でもある。

『私は仕事が出来ない!』

と言う人からすれば贅沢な悩みに見えてしまうかもしれないが

だからこそ迂闊に誰にも相談出来ない器用貧乏スキル持ならではの悩みでもあるのだ。

 

そんな器用貧乏な私達の事を理解してくれ、それぞれ力量の違う

社員ごとに相応の仕事を振ってくれる上司や同僚などがおり、

さらにそれが正当に給料や評価に反映される会社に所属していれば

何も言うことはないのであるが

 

既にこれを読んでいる貴方にばかり負担が来ているなと

貴方自信が感じている時点で

 

『ほぼ100%そんな上司や同僚など貴方の職場には存在しない糞会社』

と言えるであろう。

 

今貴方の職場にいるほとんどの人は

貴方の器用貧乏と言う特殊能力に漬け込み、利用しているだけだと断言できる。

今後もある上司は貴方のあげた成果を自らの手柄とし素知らぬ顔で横取りしたり

あるいは貴方の同僚は自分が楽をするためだけに、ごめんね~と笑いながら

貴方に仕事をさらに押し付けたりするであろう。

だけど器用貧乏な貴方はそれを断れないのである。

 

なぜならまず第一に特性上どんな仕事を効率よくこなせる自信があるし

頼られてることに優越感を感じ、自分の有能さをさらにアピールする為に

さらに結果を出してやると燃える人もいるかもしれない。

 

持ち前の優しさなどから断れなかったりもあるだろうが

貴方の器用貧乏というスキルが職場の人間関係を円滑にするためにも発動

しているからこそ起こる悲劇であるのだ。

 

そんなサラリーマンにとって良い所無しに見える器用貧乏なのだが

勿論サラリーマンとして働いていくうえでのメリットも沢山ある。

 

それは将来的に今の会社の重役のポストを狙っているだとかである

出世に対する確立した目的と大きな野心が会った場合などは

サラリーマンとして器用貧乏というスキルは極めて有効であると言えるだろう。

 

勿論そうなった場合は貴方が負担する仕事量は当然増えるであるのだが

それが出世や評価に直接繋がるのをモチベーションとして働けるのであれば

貴方の器用貧乏というスキルは敵無しの武器にもなる。

しかし

 

『早く帰りたいから仕事を早く終わらせている』

 

というサラリーマン時代の私と同じ考えの立場の人達からしてみれば

職場で器用貧乏というスキルを発揮すればするほど自分の足を引っ張って

しまうこともあるということを忘れないで欲しい。

 

能ある鷹は爪を隠すと言うが

貴方がもし一刻も会社から早く帰りたい派の人間であるのなら

職場ではその器用貧乏という爪を隠しておき

出来れば今すぐ仕事を辞めて、フリーランスとしてその器用貧乏のスキルを会社の為ではなく自分自信の為に活かしていくのが

 

超情報社会における器用貧乏スキル持ちの最善の生き方なのかもしれない。

 

何故現代日本に大麻が必要なのかを本気で語る

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あの世界を代表する飲料販売メーカーであるコカ・コーラ社が

ついに大麻由来の成分であるCBDを使った飲料を開発すると発表し

世界を騒然とさせたのは記憶に新しいですが

 

近頃度々日本でも世間を賑わし続けている

大麻マリファナ関連のニュースの数々

果たして貴方は日本では未だタブー扱いとされ、

臭いものに蓋をされ続けている大麻についてどれだけ知っていますか?

 

日本のアングラ界にて大麻の酸いも甘いも噛み締めてきた幸福を運ぶ

DJ HappyWeedCatが、今回本気で現代の悩める日本人達にとって

大麻解禁がいかに日本に有用であるか

あくまで一般的な普通の日本人としての感覚として

日本における個人的な大麻使用経験を混じえながら語っていきたいと思う。

 

おそらくこれを読んでいる大多数の日本人の方々が

『規律を守ることこそ美』とする

法律を遵守する精神がそうさせるのだろうか、

大麻の使用経験などもってのほか、

実物すら一度も目にしたことが無いという人が大多数なのではないだろうか?

 

しかしそれは今も『ダメ!ゼッタイ!』を頑なに信じ続けさせられ

大麻や薬物に関する完全に間違った知識を義務教育時から刷り込まれた

全ての日本人が、悪の組織厚生労働省による洗脳教育の被害者であると

私は声を大にして叫びたいのである。

 

こうした声も散々聞き飽きているではあろうが

今回この記事ではその大麻『ダメ!ゼッタイ!』を信じ込まされている貴方にこそ

大麻解禁が日本に与えるメリッを少しで良いから感じてもらいたい。

 

何を隠そうこんな記事を書いている私DJ HappyWeedCat

大麻を使用する以前は、小学校の薬物教育で習った

『ダメ!ゼッタイ!』を頑なに信じこんでいた普通の日本人の一人であり、

 

中学校を卒業するまでの大麻についての知識は

一度でも使用すれば幻覚が見え、依存性がとても強く

脳細胞を破壊し、摂取を途中で辞めると禁断症状等が出る危険な薬物

であるという小学校で刷り込まれたとおりの間違いだらけの認識であったのだが

 

高校に入学する15歳くらいの時に元々の趣味であった読書映画鑑賞

の際にやたらと目にする大麻ドラッグ関連のテーマの数々。

特に洋画などの中でよく語られる大麻について気になりだし

インターネットや本などで大麻についての効能から文化、規制に関する歴史

などを調べていくうちインターネットで得られる大麻についての情報と

これまで学校で教えられてきた大麻の情報の差異

が気になって仕方がなくなりだし

 

ついには「百聞は一見に如かず」と言う諺にもあるように

幼少の時から我が身五感で感じたものしか信じない

面倒くさい事この上ないタチであったのと

道徳観念も元から少し壊れていたのも幸いし、ついに

 

高校二年生の夏休み、人生初の大麻を経験する

 

その時の詳しい話は何処か別の記事で詳しく語るとするが

そんな日本人としては割と早期における大麻との出会いの縁もあってか

その後着々と大麻についての知識も経験も蓄えていくこととなり

忌まわしい厚生労働省による洗脳教育からは

運良く20代を迎える前に卒業する事が出来たのであった

 

しかし依然大麻後進国である日本では

 大麻解禁の世論が世界中に広がりつつある風潮に全力で逆らい続け

今も不当逮捕による人権侵害を続ける厚生労働省を筆頭に

KI○INAS○HIなどを中心としたアルコール飲料関連会社や

J○などのタバコ産業、抗がん剤などの開発、販売を行う製薬会社

などが大スポンサーとして支えるTVや新聞などのオールドメディア

はもちろんのこと、最近になってはTwitterなどのSNSまでもを

最大限に悪用し、大麻への悪のイメージを植え付けようとしているのである。

 

そんな大麻鎖国を続ける日本ではあるが

近年インターネット・SNSの急速な発展に伴う個人のメディア化によって

次々と大麻に関する真実、正しい情報が

日本にも少しずつではあるが広がりつつあり

 

それに伴う日本の現法律上の矛盾点厚生労働省の真っ赤な嘘の数々

が次々と明るみになり、特にネットに触れる機会が多い若い世代を中心に、

 

「どうやら大麻はそんなに悪い奴じゃなさそう」

 

と、悪の組織とそう相違ない厚生労働省による洗脳教育から

開放される人々が年々増え続けていると私は実感している。

 

その要因の一つとして今話題のCBDオイルなどの流通により

直接大麻由来の製品に触れる機会が増えたことによって

その原材料である大麻自体への関心が以前より高まったのも一つ要因だと思われる。

 

いずれせよ 、今まで日本人が信じ込まされていた

ダメ!ゼッタイ!論こそが利権と嘘に塗り固められた

厚生労働省麻薬・覚せい剤乱用防止センター等妄言であり

ネットのあちこちに書き残された勇気ある先人達の声こそが真実であると

情報の取捨選択に慣れた若者世代を中心に伝わってきているのである。

 

少し前置きが長くなってしまったが

まず日本で大麻を解禁するメリットについて最初に語りたいのは大麻には

【全ての依存症に苦しむ日本人を救える可能性がある】

 という事である。

 

現在日本における合法な代表的嗜好品ドラッグ

主にアルコールとニコチン(煙草)の2つがあるのだが

近年日本人全体で見れば、以前より喫煙率や飲酒率は下がったとは言え

これらを辞めたくても辞められないという依存症

悩まされている日本人は未だ多く存在する。

 

私自身の体験から語らせてもらうが

当時から不良中学生まっしぐらであった私は

その時から酷いニコチン依存症であり

タールが18もある煙草を1日に1箱から2箱は吸う極度のヘビースモーカーであったのだが今は大麻をきっかけに禁煙に成功しており

 

2018年現在はアルコールと共に3年以上絶っている

 

そしてこれも煙草と同様に20代前半頃に散々私も苦しめられた

とても厄介な依存症であり、これからカジノ化法案成立により

ますます心配される社会問題の一つである

ギャンブル依存症の克服にも

大麻は一役買ってくれたのである。

 

このニコチン(煙草)とギャンブルの2つの重度の依存症であった私は

言わば大麻に依存を一元化する事によって

その依存症を克服することに成功したと言っても過言ではない。

 

完全に自己流ではあったが、後から調べると

睡眠療法などに近い依存症治療に大麻を使用する海外では

割とポピュラーな依存症対策の治療方法であると知ったのであった。

 

このように私は

大麻をきっかけに2つの強力な依存症から抜け出すことに成功したのである。

これは極端な一例かもしれないが、実際に私がこの方法で成功しているのだから

この方法を応用すれば同じように様々な依存症に苦しむ日本人を

助け出すことが出来ると私は確信を持って言えるのである。

 

そして大麻解禁が日本に与える大きなメリットとして次に語りたいのが

大麻は自殺予防にも大いに役立つ可能性がる】

ということである。

 

貴方はこれまでの人生で自殺を一度でも考えたことはあるだろうか?

 

私にはこれまでの人生において一時期

毎日死にたいと思う時期があった。

それはまだ大麻から少し離れていた20代のころ

辛く先の見えない人生と、長くつまらない仕事の毎日

本来自分がやりたい事とやれない事のギャップで心身を追い詰め

ある日大きな病気をきっかけに心も一緒にポッキリと折れてしまい

それでも歩みを止めることを許してくれない現実世界に絶望してしまったのである。

 

その時期は当然お金も無く(今もないがw)

日本では末端価格で1g5000円から8000円はする大麻など

当然買えるわけもなく、仕方なしにお酒や煙草などに依存していたときでもあった。

 

来る日も来る日も死んで楽になることが頭に浮かび

明日なんか来なければいいのにと、ふとした時に勝手に涙が零れ落ち

そのうち何が辛いのか自分自身でも上手く説明できないけれど

相談できる相手も家族もいなく一人で枕に顔を埋めて泣いていた。

 

そんな最悪な時期にも救いはあって、今まで一緒に大麻を楽しんできた友人達がそんな私の状態を察してかは知らないが、次々と無償で大麻を定期的に分け与えてくれ、再び大麻を使用することによって、徐々に気持ちを持ち直していき、一時期は自殺まで気持ちを追い込んでいた鬱病にもその効能を存分に発揮し、私は死への甘い誘惑を断ち切ることに成功したのであった。

 

これもまた、大麻に関する極端な一例にすぎないのかもしれないが

大麻には以前の私と同じように現代社会のストレスから

煙草やお酒などに仕方なく依存をして毎日辛い生活に耐えて泣いている

多くの日本人を救うことが出来ると私は確信している。

 

大麻には気持ちや心をポジティブにしてくれる作用が確かに存在しており

正しい管理と知識の元、上手くその効能を活用することによって

未だ先進国の中でも群を抜いて異常な数の自殺者を増やし続けている

日本社会へ与えるそのメリットは絶大であり

この一つのメリットだけでも、大麻を日本に解禁するメリットは

解禁による様々デメリットを差し引いてもお釣りが来るレベル

であると少なくとも私が死ぬまでは提言したいと思う。

 

大麻には様々な病気・難病などに有用である】

 

更にここまであげてきた大麻の精神的な効能の他にも、大麻には癌への有用性から始まり、てんかん認知症などの難病や様々な疾患などに極めて有効であると最近の様々な海外の研究機関による科学的研究で次々に判明している。

これについてはもう既に散々言われつくされている事なので

今更私がそこまでアピールする必要もないのであるが

これについても少し私の経験から語らせてもらおう。

 

大麻によって精神的に持ち直した私は、その後も20代後半から

現在に至るまで大麻を継続的に使用し続けることによって

産まれてから23年間悩まされ続けていた喘息の発作がほぼ完治し

軽い風邪や激しい運動後、台風の接近時などに定期手に起きていた

発作もほとんど起こらなくなったである。

 

また、サラリーマン時代には私を酷く悩ませた持病である

不眠症や偏頭痛などにも大麻の継続的使用により著しい改善が見られ

常備薬として持ち歩いていた様々な薬も全く必要なくなり

必然と生活の質(QOL)は大麻使用前より断然に上がっていった。

 

見方によっては結局大麻に依存しているじゃないか

と思われるかもしれませんが

決してそうではありません。

 

大切なのはまず大麻に依存を一元化

そこから段々と依存度の低い大麻の使用量を減らしていく事によって最終的に

全ての依存に対してのコントロールに繋げることが可能であるという事実である。

 

これは同じ嗜好品とされるニコチンアルコールなどでは同じようにいきません。

まず依存する事による身体への蓄積ダメージが

大麻と比べて極めて大きいのというのが理由の一つであるのと

大麻とは違いその2つには思考をポジティブに変えてくれる

作用が働かないからである。

 

では大麻の依存性はどうなっているのかと言うと

オランダのコーヒーショップにも

3日は抜くように』と書いてあるように

万能薬である大麻にも酔いの限界値と耐性というものがあります。

その為、毎日のように使用をすると当然酔いにも慣れてしまい

同じ大麻では酔えなくなってしまいます。

 

しかしこれも大麻の良い所である

大麻の使いすぎはお財布にも体にも良くないなと自然と大麻自身が気付かせてくれる

効能があります。

これは実際に使用してみないと理解できるものではありません。

 

しかしその大麻自身が発する信号にも気付かず

辛く苦しい現実に耐えられず、毎日の拠り所を大麻に頼ってしまう人はもしかしたらいるかもしれません。

 

以前の私もそうでした

 

しかし例えば大麻を途中で無理やり断ったとしても、恐ろしい肉体的苦痛が訪れるとか禁断症状が現れるとかそんな事は一切ありません

あくまで精神的依存度は、コーヒー程度というネット等でまことしやかに囁かれている噂は各国の大麻に関する化学的研究結果が示すとおりの真実である。

 

 また、大麻解禁が与えるデメリットの一つとして多くの

『駄目!絶対!』論者が指摘してくる

大麻を使用した状態における車の運転における事故や違反の関連性は

むしろ最近の科学的研究では明確に否定されており、

むしろ使用前よりも事故や違反等は減るとの調査結果が出ていたりする

私個人の意見としても大麻使用時の運転が事故や違反の増加に繋がるとは

思わないのであるが。

 

だからといってもし大麻解禁後の日本において

大麻使用時の車の運転を全面的に野放しにしていいかと言うと

それはまた別の問題であり、今後日本における大麻解禁に向けて

議論を続けていかなければならない問題でもある。

 

いつだって人に迷惑をかけるのは

お酒や大麻を使用して運転をする同じ人間の方であり

大麻やお酒自体に罪はないのである。

 

今日本において自殺を考えるくらい悩んでいて

大麻を使用した経験が一度も無いのであれば

これらのメリットが自分に有用と思えば例え日本の法律で禁止されていようが

一度その身で大麻を経験してみることを強くオススメしたい。

 

しかしこれだけ大麻に関する魅力を語っておきながら

現在大麻が違法である日本国内での大麻使用を私はオススメしていない。

理由は簡単で、日本における大麻はその価格も質も先進国と比べると

最底辺であり(値段は高くて室は悪い)

 

場合によってはよく大麻をよく知らない日本人の無知さに漬け込み

そこらに生えている雑草にケミカルな成分を吹き付けただけの

いわゆる脱法ハーブを大麻と偽って売りつけたりする

非常に悪質な輩もいたりもする。

 

また大麻自体は本物でも、短期で酔いの成分が強い大麻を作るために

ケミカルな薬品漬けで育った農薬まみれの大麻だったりと

大麻が合法な国のようにしっかりとその品質や価格が管理されていない

アングラの大麻にはそういった危険な品質のものが沢山出回っている。

 

基本的に日本では絶対に安心出来る友人や先輩などのルート以外から

入手した大麻以外にはうかつに手を付けない事が鉄則であるのだ。

 

また、大麻初心者ほど、違法な国での大麻使用におけるBADTRIPの一つである

所謂勘ぐりBADに入りやすく

大麻と最悪の出会い方をしたくないのであれば

少なくとも日本が合法化するその日までは

現在大麻が嗜好品医療用共に合法であるカナダやウルグアイ

またはアメリカの合法な洲などに行って堂々と伸び伸びと

大麻を体験してみるのが吉である。

(日本で正しい知識のないまま大麻を初体験し

いきなり勘ぐりや酔い自体に対するBADTRIPに陥った結果

大麻に対していいイメージを持っていない日本人達は大抵この理由である。)

 

まあ例え近い将来日本で大麻が解禁になり

それによって毎日大麻に依存してしまう人達が出てきたとしても

自殺で死ぬよりはよっぽどマシであるし、

鬱病などに対して明確に改善が見られるのであれば

あとの使用に関する用法・容量は

それぞれ個人の自己責任における使用の範疇なのでは?

と思うのが私の超個人的意見でもある。だってお酒とは違い

 

大麻に致死量など無いのであるのだから。

 

それに大麻の使用方法はなにも喫煙だけでは無く、クッキーやバターなどに

大麻を混ぜて腸内から摂取する方法なども可能であり

この方法であれば喫煙による喉や肺へのダメージも心配ない。

 

今話題のCBDオイルなども、VAPEによる摂取が流行る前は

舌に直接垂らして使用するのが主流だったりもする。

 

大阪大学大麻が脳細胞を破壊するという研究発表をしたりしたせいなのか

何故か大麻仕様による短期の記憶力低下を訴える『ダメ!ゼッタイ!』論者も多数存在するが、それはアルコールでもニコチンでも砂糖でも同じことであり、何かを摂取すれば、その成分が脳に大なり小なり影響を与えるのは当たり前の話であって、その効能を完全に悪と決めつけるのはいささか早計ではないかと言わざるを得ない。

 

もしこれを読んでいる貴方が、お酒も煙草も砂糖も一切嗜まない、お笑い芸人のボケ担当でもない、ヘディングをこよなく愛するサッカー選手でもなければ格闘技選手でもない、品行方正な人間だと主張するのであれば、その短期の記憶障害などを恐れる気持ちもよく分かるのであるが、普段アルコールを飲みながら、タバコを毎日吸いながら大麻の記憶力低下を指摘しているのであれば、グローバルな視点から見ればただの笑い者でしかないので今すぐ辞める事をお勧めする。

 

私自身の主観にはなるが既に10年間近くほぼ毎日大麻を継続して使用し続けていて、記憶力の低下を感じたことなど、これまで一度も感じた事は無く

むしろ脳みその奥深くに眠っていた記憶まで呼び起こしてくれ、こんな昔の記憶まで脳は記憶しているのかとよく驚かされたものである。

 

夢のような夜は何度もあったが、記憶だけはアルコールのように飛んだりしないのも大麻の魅力の一つであると言える。

 

そして最後に伝えたい大麻解禁が現代日本人へ与える最大のメリットは

大麻はオーバーヒートした脳みそをリセットしてくれる】

ということである。

これはどういう事かというと、超過密情報社会の現代において、ここ10年だけで見ても常に脳みそに入力され続ける圧倒的情報量は増え続けており、今日のお昼ご飯のことから、仕事のこと、家族のこと、友達のこと、恋人のこと、将来のと、毎月の支払いの事など……以前より確実に現代日本人は無意識のうちに脳みそを常にフル回転で動かし続ける事を強要され、その事に疑問を持つ猶予すら与えてくれないのが現代日本の社会構造の現状であるのでそれも致し方ないのではあるが、そうして酷使され続けた脳みそと心を大麻には一度ニュートラルに戻して一旦全てをゼロにして自分を見つめ直すきっかけをくれるのである。

 

そしてニュートラルに戻った心や脳が次に求めるものは何か? 

自分は普段何に依存をしていて、何を我慢しているのか、そして何につき動かされて行動しているのか、一旦自分の心と脳みそを見つめ直すことで自分の行動原理に気づき、今の私のように新しい道を往く人達も現れるのではないだろうか。

 

 

この際だから言わせてもらうが

おそらくこういう私のように大麻によっていわゆる「目覚めた」人達、いわゆる日本でよく言われる道を外れた人達を、恐れ蔑み糾弾するのはいつだって安全圏にいるつもりの声のでかいただの愚か者である。

 

私が大麻使用者だと分かると、途端に離れていく友人や知り合いも勿論沢山いた。

これまで大麻に関する誤解が原因で仕事を首になったことも一度や二度ではない

しかしそれと同時に大麻のおかげでの出会いや発見の方が沢山あり、

むしろ昔からの友達でも、一緒に大麻を吸う事で以前より親密な関係を築けた事の方が断然多かった。

 

大麻がきっかけで離れていった友人関係など所詮その程度の関係だっただけであり

何も悲観することなど無いのである。

 

結局私が何を言いたいのかを最後にまとめると、大麻の医療的効用だとか癌に効くだとか痛みを和らげるとう効能はあくまで私にとっては副次的作用に過ぎず、大麻の最も有効的な現代日本人へのメリットは、全ての依存症や現代社会のストレスによる鬱病などに苦しむ全ての日本人を助けられる可能性が確かにあり、その働かせすぎた貴方の脳みそを一度休ませる事の気づきのきっかけになる存在だと確信しているからこそこうして何度でも声を大にして大麻合法化を叫んでいるのだ。

 

人は基本的にはマルチタスクには動けません。

以前は私もいかに頭を動かし続けてマルチに活動する事が効率的だと

考えていました。

今では一つ作業をする時にはそれのみに集中するように心掛けています。

このブログも同じです。結果それが何をするにしても一番の近道なのです。

 

毎年日本では約3万人ほどの多くの日本人がおよそ40秒に一人と言うペースで自らの命を絶っています。

これは海外で殺人事件に巻き込まれ死亡する日本人の約100倍の数字です。

これは先進国の死因の中でも極めて異常な数値であり。

日本が超格差社会になった証拠でもあると言えその数は年々増加の一途をたどっています。

暗いことばかりで希望が無くなってしまった日本、

自殺を考えるくらい辛いのなら大麻を吸って落ち着いてハッピーに考えられるという選択肢がある。

それだけでも救われる命は日本にはまだまだ沢山ある。

だからどうか日本で辛い思いをしている人達も、最後にどうしても行き詰まったら一度死ぬ前に大麻を試してみて欲しい、きっと貴方の助けになるはずだ。

 

これから避けられようのない超高齢化社会を迎える日本

医療費による財政負担が世間でも叫ばれていたりもするが

こういった問題を一挙に解決する可能性もあったりする大麻産業

 

1秒でも早く貧困や全ての依存症、癌や難病治療

社会の様々なストレスなどに苦しむ様々な日本人誰もが

平等に自由に大麻を使用出来る選択肢がある社会を作っていくには

 

まず日本国民一人一人が大麻に関しての正しい知識を身につけ

実際にその身で経験をし、SNSなどで一人でも多くの日本人達が

大麻に関する真実の声をあげ続けて行く事が

日本で自由に大麻を使える社会への一番の近道なのかもしれない。

 

サッカー日本代表から見る日本がアルコール大国だと言わざるを得ない状況

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昨日のサッカーキリンチャレンジカップ

新生日本代表“森保ジャパン”の初陣は見事3-0と大勝での白星発進となった。

 

私もサッカーを愛する身として、日本の友人宅で静かに

楽しませても貰った身ではあるのだが、久々に日本のテレビCMの状況を見て

やはり日本はアルコール大国と言わざるを得ない状況に、少し頭を抱えたのであった。

 

KIRINという日本を代表する大企業が国の代表の大スポンサーなので

仕方ないと言えばそれまでなのだが、今は代表を引退した元日本代表キャプテン

長谷部誠選手をビールのCMに起用したり


本麒麟 「長谷部誠」篇 30秒

 

国によってはハードドラッグとして扱われている薬物に対して

あまりに寛容な姿勢に、この国がアルコールの支配構造から抜け出すには

まだまだ時間が掛かるなと思わされたのであった。

 

本来一流のアスリートとして、極限に意識や肉体を高めている選手であれ

アルコールなど絶対に摂取したりはしないであろうが、もちろん嗜む程度に楽しむ

選手沢山いるであろう。(ヴィッセル神戸イニエスタ選手のように

実家がワイナリー経営したてりもする例もある)

 

しかし毎年多くの若者の命を奪っている薬物であるアルコール

子供のうちからサッカー選手を夢見る子供達が見るサッカー中継のCMで

流したりするのは、いささかまだアルコールに対してのリテラシー

低すぎると言わざるを得ない。

 

近頃アルハラ飲みハラなどの言葉が産まれるように

若者のお酒離れが急速に加速していると言われるが

既にかしこい若者たちはアルコールの危険性に気付いているだけなのである。

 

今は国とサッカー日本代表を支える大企業であるKIRINを

国が優遇するのは当たり前なのであるが

合法だから良いとして過剰にアルコールを推し進める企業を良しとする

この国の構造をぶち壊せる新しい何かが必要だと言わざるを得ない。

 

それが何とは言わないが

今後の超高齢化社会の日本を支えていかなければならない

我々若者こそがその新しい何かになれるように

それぞれが日々努力し続ける事が大切なのではないだろうか。 

 

 

 

 

正社員から裏カジノディーラーまで!DJ happyWeedCatの自己紹介

 

 

どうも初めまして!

ゆとり第一世代ストーナーブロガーDJ happyWeedCatです!

 

今回この記事では

何故私がブロガーを目指すのか?

 それを説明するには、やはりDJ happyWeedCatどういう経歴を追ってきた

どういう人間なのかをまず知ってもらうのが一番だと思い、書き出しました。

 

このブログで扱うテーマが日本ではまだ理解が進んでいない

大麻などについても語るブログという事で。

詳しく書かけば書くほど身バレの率が上がるプロフィールの記事を書くことへの葛藤

というものが正直あったのですが

これからの日本には、あらゆる面において本気で大麻が必要

という考えと、これからの時代は情報を発信する側にならなければとの思いもあり

いざという時はこの身を捧げる気持ちで魂を込めて書きました。(勿論嫌だけどねw)

 

日本ではまだまだタブーである大麻の事を語るこの馬の骨は誰や?となった時に

この記事を読んでいただいてDJ happyWeedCatとはこんな人間ですよと

知っていただければと思います。

 

それと

自分のこれまでの経歴や思考を一度文章として書き出して整理してみたい

というのもあって、出来るだけ詳細に書き出したのはいいのですが

どう考えても*1感じはしています。

 

しかしブログで生きていこうと決めて書き出したこのブログで

書きたいことがいっぱいあるというのはおそらく幸せなのだなと思い

私も頑張って最後まで書ききりますので、ここを訪れて頂いた皆様もどうか

少しばかりお付き合いいただき、このブログを

「ある馬鹿な日本人の壮大な計画のプロローグ」

として物語感覚で馬鹿な自分語りを楽しんで読んで頂ければ幸いと思います。

 

読み終わった後に世の中にはこんな馬鹿な奴がいるのだなと笑っていただくのもよし

この人間のクズ!犯罪者!今すぐ働け!と罵っていただくのもよし。

願わくは、こいつは面白そうだから応援してやろうかな

と思って頂ける方を一人でも増やせるように努力していきますのでよろしくお願い致します。

 

そしてこのブログを通じて、一人でも多くの日本人の方に大麻についての理解を深めて頂ければなと思います。

 

 

 

 

1989年(平成元年)DJ happyWeedCat誕生

今年で怒涛の30年だったと揶揄される平成も終わろうとしているが

そんな平成の始まりの元年に、日本国東京都に逆子の為帝王切開にて

無駄に母親のおなかを痛ませて産まれる。偉大なる母に感謝である。

 

都内では割と歴史のある有名な産婦人科を受診したところ

事前検査の情報ではお腹の子は女の子だと言われていた為

両親や親せきが等身大のミニーちゃんのぬいぐるみやグッズ

女の子用の名前を書いた額縁入りの半紙など

女の子が生まれてくる準備万端で用意していたそうで

中でも第一子にはぜひとも女の子をと願っていた父は

産まれてきた子供にち〇ぽがついていた時は非常にがっかりしたそうであった。

 

事前検査でち〇ぽが小さくて見つからなかったのが

今現在のサイズと関連しているかどうかについては

 

回答を控えさせていただきます。

 

とまあそんなこんなで、幼稚園くらいまでは東京ですくすく育ち

幼稚園からは、神奈川県横浜市へと引っ越すこととなる。

2F建て5LDKの高級賃貸マンション

今思うとご近所さんもセレブばかりであった。

 

その頃私の父は若干27歳ほどにして同じ職場の母と出会い結婚し私を産み、祖父から借金をして東京に自分の店を持つことになる。

当時から都内のある立地に目をつけていた私の父は

平成初期のバブル期だったのも手伝い

最盛期は三店舗まで事業を拡大させる事に成功したのであった。

 

そんな父は美と流行の見本となる美容師という職業柄か、普通のサラリーマンの父親達と違いルックスも若々しく、ドラマ『ロングバケーション』の時のキムタクのような茶髪に軽くパーマを当てたロン毛をなびかせながら、グラサンにスーツで高級車から颯爽と降り立ち、小学校の授業参観に父が現れた時はクラスメイトもそのママ達もがザワつくほどの騒ぎになったりと、そんな『若くてカッコよくてお金持ちの父』を私は小さい頃から尊敬しとても誇らしく思っていたのを覚えている。

 

そしていつしか

私もその偉大な父の背中を追い越したい!

将来は普通のサラリーマンになんか絶対なるものか!

ここにいる誰よりもめちゃくちゃ稼いでやる!

と小学校3年生くらいから既にぼんやりと将来の夢を描いていた

バブリーな小学生時代と当時の将来の夢

 

毎年長期休みには家族旅行としてグアムやサイパンハワイなどに海外旅行

SFCからはじまり初代プレイステーションセガサターン

はたまたゲームボーイ任天堂64GCたまごっちデジモン

…などなど流行りモノのゲームやおもちゃは何でも買ってもらえて

さらには定期的に家族で沖縄にスキューバダイビングをしに行き

平日に小学校を休んでディズニーランドへ遊びに行く非常にバブリーな家族でした。

幼心から既に私の家は普通とは違うんだ、なんとなく他の家よりもお金があるのだと

思っていたのを覚えている。

厳しいながらも愛を感じる父の教え

・勉強はしなくてもいい好きなことをやれ

・人に使われるだけで終わるな(搾取されるな)

・やりたい事を見つけろ、その為なら協力は惜しまない

 

愛知県で産まれた私の父は、私の祖父に当たる厳格な警察官の父親を持ち

真面目な兄とは違い、厳しい教育に反抗し見事にグレてしまい

超ランボンタンと言う今では絶滅危惧種である

アニメや漫画におけるテンプレート的ヤンキー像である

『リーゼントのヤンキー』になるのであった。

そして高校卒業後、自分の髪型への拘りからか美容の道に目覚め

その後矢沢永吉という今も生ける伝説のロックンローラーを目標にして

僅か一代にして東京の一等地に若干20代で自分の店を三店舗まで広げるまでの

成功を収め、まさに矢沢永吉ばりの成り上がりを見せた私の自慢の父親は

「歯磨けよ!」と同じくらいにはこの上記の3つを私によく言って聞かせました。

 

こんな男のプライドを信条とする警察官に育てられた元ヤンの父に、

私も幼い頃から厳しくも伸び伸びと育てられ、

外食に行くたびに

「その店の敷地面積あたりの売り上げはどれだけ必要なのか」

をよく考えろと、幼い頃から経営者目線の英才教育を施されていたのであった。

 

そうして私が小学校に入学すると、早速両親は私を色々な習い事に通わせます。

ピアノ、バイオリン、体操、サッカー、水泳、野球、etc……

 

色々やらせた結果、芸術系よりはスポーツが得意そうだ

中でもサッカーはそこそこセンスがありそうだと父は睨み

当時小児喘息持ちだった私の体力サポートも考えて

こちらもそこそこ速かった水泳も残し、

最終的にサッカースクールに至っては3つも掛け持ちしながら

の※習畜状態で通うこととなった。

習い事に縛られた家畜状態

 

そうして私自身、「気づいたらサッカーをやっていた」感じなのだが

いつの間にかどんどんと上手くなるサッカーに夢中になり

当時の将来の夢も自衛隊から「サッカー選手」に打って変わり

小学校が終わると、学校の友達と遊ぶ時間も無くそそくさと着替えて、一人寂しく

バスと電車を乗り継ぎ、片道1時間以上かけ練習へと足しげく通っていました。

初めての成功そして初めての挫折

そんな努力の甲斐あってか、通っている小学校内で同じクラブチームに通う友人の中で

自分だけサッカー、水泳共に所属クラブの神奈川県のチーム選抜コースに選ばれる。

それに伴い練習場所が更に遠くなり、そして練習内容もより一層厳しくなった。

 

しかし、自分だけ選ばれた事に、それなりに優越感を覚えていたのも事実であり

より高いレベルのクラブでそれなりに楽しくやっていたのだがある日事件が起きる。

 

私が小学五年生の時に、年下のめちゃくちゃ上手い奴がクラブに入ってきたのである。

同い年の仲間と切磋琢磨してレギュラーも勝ち取りクラブチームでも天狗の鼻を伸ばし続けていたのだがまさに井の中の蛙大海を知らずである。

 

その超新星は小学校3年生くらいからサッカーを始めたというのに

サッカーを初めて1~2年でナショナル選抜という今でいう

アンダーの世代代表に選ばれ年上の私達のチームではトップ下でレギュラーを張り

FKもCKも全部のキッカーを務めガンガン点を決めていった。

 

結局その子はそのままJ株に引き抜かれJリーガーへと昇格していったのだが

その才能を同じチームで目の当たりにした私は、幼心にもあまりにも衝撃的で

その伸び切った天狗の鼻は早々にへし折られ、そして私は小学校5年生にして

プロサッカー選手への道を諦めたのである。

 

今思うとあまりに早い挫折なのだが

当時生まれ持った才能だけでサッカーをしていた私は、努力をして結果が出ないことが怖くて仕方がなく

「まだ本気出してないだけだし」と自らに言い訳をして、戦うことすらせず大好きなサッカーから逃げ出して

自らの可能性に自ら蓋をしてしまったのである。

 

そこからはもうサッカーが嫌いで仕方がなく両親に辞めたいと毎日せがむも

逃げ出すことを絶対許さない父は私が何と言おうと小学校卒業するまでは絶対に辞めさてはくれなかったのである。

 ★充実の小学校生活

一方サッカーに対する情熱は段々と失ってきてはいたのだが小学校での

生活はわりと充実していた。

 

ほぼ週7で習い事の為、同級生と遊ぶ事は滅多になかったが

当時学年で一番足が速く、また水泳やサッカーの上級生や他校の子達との情報交換により、ポケモンデジモンなど、当時のトレンドゲーの裏技などを網羅していた私は

クラスメイトから引っ張りだことなり、そして両親が美容師という職業柄、トレンドには敏感な父親にファッション髪型などのセンスもコーディネートされて磨かれていった。

またこの時に絶対に流行るからと父親が買ってきた

ハリーポッターと賢者の石」と「iMAC」にハマり

はじめて読書の楽しさとPCの存在を知り、

それ以来親が買ってくる本をジャンル問わず スクールへ通うためのバスや電車内で読みふけり,、家に帰るとImacを触り続け超絶面白FLASHを探してきては、小学校の情報の授業で友だちに見せて笑いを取っていたりした。

 

そうしてそんな甲斐あってか、小学校高学年になると私は第二次モテ期を体験する。

ちなみに第一次は幼稚園で終了しているので、残すはあと一回のみなので

今後の人生に期待である。

とまあ高学年になると学年クラス問わず毎日プロフィール帳の記入を女子に求められ

3か月に一回は告白をされ、ラブレターやバレンタインデーは毎年2桁を超え

クラスの同級生達は男女問わず

私がえんぴつからシャーペンに買い替えれば皆がそれを真似し

私が体操着の短パンをadidasの三本線に変えると

皆がそれをまた真似ていた。

まさに小学校内のインフルエンサーであった。

おそらく今まででDJ happyWeedCat他人に一番影響を与えていた時期であったとも言える。

 

中学校進学そして転校と反抗期、そして衝撃の出会い

 

そして時は流れそのまま学区制の為私は地元の公立中学校に進学

同級生の半数は有名な私立中学校へと進んだ。

 

習い事の一つの水泳は、サッカーに集中したいと必死の説得の末無事辞める事に成功

習い事はサッカー1本となっていた。

 

本当はサッカーも小学校卒業と同時に辞めたかったのだが

たまたま受けた新設のジュニアユースのセレクションに受かってしまい

父の強い希望もあり続行。練習が週4~5回に減ったので休める時間

友達と遊べる時間が出来たのが本当に嬉しかったのを覚えている。

 

そして進学した公立中学校ごくせんクローズもビックリなヤンキー中学校でした。

盗んだ自転車や原付で学校に通い、煙草を吹かし酒を煽る

生徒は黒髪のほうが少ない、授業は常に崩壊

授業中に不良グループが下級生を暴行しにくるのは日常茶飯事

帰りには上級生が下級生の頭髪チェック

学校内は落書きだらけとまあ窓ガラスは流石にたまにしか割れていなかったが中々の荒れ模様の中学校であった。

 

そしてサッカーの方もジュニアユースチームへ入ったは良いものの

既にサッカーへの情熱を失っていた私は

早速煙草を覚え酒を覚えDQN街道まっしぐらーとなりそうなところを

両親が察したのか、たまたまタイミングだったのかは不明なのだが

父は横浜市内の別の区にある最上階角部屋億ションを突然ローンで購入

それに伴い私も中学二年の途中で転校となりました。

人生で初めての転校です。

人生初の転校そして衝撃の出会い 

 

転校先の中学校は、同じ市内にあるにも関わらず、前の学校とは180度違い

・授業中に居眠りしただけで不良扱いされる

・全員がYシャツイン、スカートが長い

・8割が塾通い

などなど糞がつくほど真面目な中学校

勿論髪を金髪にしている奴など全学年でも私だけのような中学校であった。

 

転校してきて1週間ほどは毎日クラスに見物人が来ていて

まるで動物園のパンダにでもなった気分だった。

 

 これでまた転校を機に気分を入れ替えて、新規一転サッカーにでも打ち込むのかと思いきや

私はここである意味人生を変える”衝撃の出会い”を果たします。

それは夏休みの再放送か金曜ロードショー的な物で放送していた

 

新世紀エヴァンゲリオン/Airまごこころを君に」

 

である。

丁度セントラルドグマ碇ゲンドウが裸の綾波レイを連れ出すシーンであった。

え!?!? 女の子の乳首が見えてる!!

腕が落ちた!!え!?グロ…こんなんTVで放送していいの??

 

と、当時アニメと言えばどらえもんかポケモンくらいで、クレヨンしんちゃんが視聴禁止だった家庭の私にとってまさに衝撃的映像でした。

 

すぐさまレンタルビデオ屋に走り

アニメ版のエヴァVHSを借りて一晩で見たのは今でも覚えています。

そこからはもうサッカーなどそっちのけで

アニメ・漫画・ゲームなどのオタク文化

どっぷりハマり始めるのであった。 

毎クール新作アニメを10本以上チェック漫画とラノベブックオフで買い漁り

チャットサイトに感想を書いてはネットでできたアニメ仲間とチャットメール

話すのが楽しくて仕方ありませんでした。

 

オタク友達コミケにも行くようになり、買うだけでは飽き足らず

ついにはオタク仲間達とグッズ販売でサークル参加を果たすまでになるのだが

これはまた別の所で書きたいと思っている。

 

そして急速にオタク化が加速する中せっかく治安の良い学校へ転校したと言うのに

私は前の友達と引き離された事にショックを受けてしっかりと反抗期を発症

無事マイルド金髪ヤンキー(隠れオタクと化した私は、両親へ常に反抗

暇を見つけては前の地元に戻り、不良行為を繰り返していた。

 

深夜になると家を抜け出し、盗んだバイクで旧地元へと遊びに行った。

煙草をふかし、耳にピアスをつけて、制服の下にカラーシャツを着て必死に舐められないようにヤンキーぶり

警察にお世話になる事も一度や二度ではすまなかった。

 

最後にはサッカーの試合中に家庭裁判所から呼び出しを受け

あわや少年院というとこまで行ったのでしたが

それまで私が何をしようと、厳しくも手だけは絶対にあげなかった父に

産まれて初めて殴られながら「頼むから盗みなんてダサい事はするな!!」と激昂され

その時初めて事の重大性に気づき猛省。

 

その後、集まればアルコールとニコチンを煽り暴れまわる

ヤンキー文化に疲れたのもあり、段々と旧地元にはあまり近づかなくなっていた。

 

一方サッカーの方もやる気はほとんどなく、当然試合にもほとんど出られず

されども父が怖い手前辞める事も出来ずに相変わらず

サッカーは惰性だけで続けていました。

 

そんな中、中学校三年生になり、高校進学の話になるが、当時の私の成績はというと

5段階評価で1から5まで全て存在するカオスな成績だったため

進学できる高校は限られていた。

サッカー推薦を駆使すれば、私立高校ならあるいはという具合である。

 

当時オタク文化に夢中だった私は高校進学もサッカーも全てが

どうでもよく、アニメに関われる仕事に就きたいと既に考え始めており、

絵は掛けないけど話は書ける自信があった為、自分でラノベ書いてアニメ化させて自分で主人公の声優を演じてやる!と高校には行かず、小説を書きながら声優になりたいから養成所に行きたい

とせがむが勿論許可されるはずもなく渋々サッカー推薦を使い高校へと進学する。

 

この時父が高校の時に海外留学を断念した思いから、私にも海外留学という選択肢も持ち上がり何個か説明会などにも行ったのだが、この頃の私は海外に興味が全く無く強いて言えばいつか英語を覚えたいくらいのノリであったため

どうせ行くなら日本での高校生活が良いとの誘惑に勝てず留学を断念。

あの時留学選択していたらどんな人生だったのか興味はありますが後悔はありません。

 

そして始まる青春の高校生活

それは地獄の始まりの一歩に過ぎないのでした。

 ★地獄の高校生活

 

高校生活はまるで軍隊の様な3年間であった。

当時学校のグラウンドが小さかったため

電車とバスを乗り継ぎ1時間以上かけ姉妹校の練習場へと通い

問答無用で足が攣るまで走らされる

春休みに走っておけと言われてはいたが

それにしても中学と高校では練習量が段違いである。

 

しかもこれは入学後に知ったのだが、そのサッカー推薦で入った高校は、

運悪く当時神奈川のサッカー部の中でも1,2を争うほど走る高校であり

喘息持ちで体力の無い私にとっては正に地獄そのものであった。

全くそういう事は先に教えておいてほしいものである。

 

 ボールを蹴っていたというよりはただひたすらに走り続けた3年間であった。

(文字通りの意味で)

完全な休みなど年に5日ほどしかなくされど朝練は毎日あり

放課後は電車で1時間かけて姉妹校へ移動し夜21時~22時まで練習

何かあればすぐに罰走&坊主の連続で連帯責任という鎖でがっちり縛られていた。

 

高校生になってますます真正のアニオタとなっていた私は

サッカーへの情熱など既に足の小指の爪ほどしかなかったので

このガチな部活が本当に辛く、入部一年目にして両親に辞めたいと泣きついた。

しかしサッカー推薦で入学した手前、サッカー部を辞めれば自動的に高校も退学となる為世間体を気にする両親はここでも絶対に辞めさせてくれはしませんでした。

 

その後両親や担任の先生や顧問、友人などに励まされながら

のらりくらりと練習を効率よくサボりなんとか無事

3年間引退までを乗り切る事に成功

 

その間同級生の部員を半数オタク化することに成功。

共にコミケで並ぶまでに成長させる。

 

勿論そんな練習態度なので試合などまともに出られる訳もなく

ときたまスーパーサブとして試合に出られる程度でした。

 

そうして高校3年生の夏休み前、夏越えを掛けたインターハイ予選で負けて

引退が決まり、多くの部員が咽び泣く中、これから始まる人生初めての自由に胸膨らませて膝を抱えたふりをしながらアニオタ仲間とニヤニヤしていたのを今でも覚えています。

部活引退・人生初の夏休み・アルバイト・そして浪人へ

引退したその日の足でオタク仲間達と帰りにマックに行き、照り焼きバーガー

コーラこれから始まる自由に乾杯をし、夏休みに何するかを延々と話し合った。

 

とにかくこれから一か月も休みがあるという喜びが込み上げてきて仕方がなかった。

なんせ小学生から夏休みはサッカーか水泳しかしていなかったので

高校3年生にして初めてのまともな夏休みである。

 

遊びまくってやるぜー!!と。当然なるが当時高校生でお金などあるはずもない。

しかも我が家にお小遣い制度などは特になく、毎年のお年玉を親が全て持ち

友達と映画を見に行きたいと時とか、新しいスパイクが欲しい時など必要な時に父に頼み、お年玉からお金を出してもらうシステムだったので

ここに来て人生で初めてもっと遊ぶためにはもっとお金が必要』だと言う事に気づく。

 

お年玉も速攻で使い果たし途方に暮れていたところ

まだ当時派遣型アルバイト全盛期だったため、友人がフ〇キャストを進めてきて即登録

暇な日は友人とアルバイトに励む日々が続いた。

 

この派遣型アルバイト、職種は千差万別で日時の条件が合えば何でも出来た。

宅急便の仕分けから引っ越し、ライブ会場設営、ビールの売り子、披露宴での配膳、居酒屋の店員、フルーツの消毒、携帯電話の組み立て、覆面価格調査、交通整備などなど

他にも様々なアルバイトを経験する。どれも1日で終わり次の日には給料が貰えたので

金欠高校生には大変助かるアルバイトであった。

 

そうしてアルバイトをしてはそのお金で遊ぶを繰り返すある意味高校生らしい夏休みを終いよいよ周りも進学就職かを考え始めなければならない時期に突入。

 

通っていた高校は普通科の平凡な偏差値の私立高校ではあったが、高望みしないくらいの大学であれば

私の成績でも十分に指定校推薦を取れたのだが、そんなレベルの大学では父が許可しなかったのである。

その時ぼんやりと将来は指定校推薦で適当な大学に行きそこでアルバイトをしながら

声優養成所の資金を貯めて通いながら小説を書きたいなんて考えていた私にとって

まさに青天の霹靂であった。

 

もちこんここまでまともに勉強などしてきたこともなく、数学は分数が絡むと怪しい

英語のbe動詞と動詞の違いすら分からないくらいの学力だった私にとって

 

高校三年の9月からいきなり受験勉強を始めるのはあまりにも気が乗りませんでした。

 

そうしてそのまま特に受験勉強もせずにバイトと遊びに明け暮れ迎えた受験本番…

 

当然全て落ちました(笑)

 

あーあと落ち込んでいるフリをしていると父親は私に

「あと1年浪人して東京6大学に行け」

と浪人を進めました。東京六大学が何かも知らない私は当然拒否します。

 

私「アルバイトでお金貯めて養成所に行く!空いてる時間は小説を書く!」

父「駄目だ!予備校に行け!交通費やお小遣いはこれからお前がバイトで稼げ!」

と急に厳しくなります。結局元ヤンの父には逆らえず浪人へ突入。

 

どうしてここまで大学進学に拘るのか聞いたところなんと

両親の家系で大学を出た人が一人もいない為まさに私の大学進学は親族の悲願でもあったらしいのである。

『6大学に拘るのも名前の通じない大学は祖母に言っても分からないからと』

その名前の通じない大学にすら行ったこともないのに断定するその胆力に脱帽し

その後無理やり市内の予備校に通わされるも、最初からやる気が完全に無かった私は

3日も通わずにその後の授業を全てサボり、両親は予備校にお金を寄付することとなった。

 

そして相変わらずアルバイトオタ活に明け暮れる日々、その時のアルバイトはインターネットカフェであったが

このアルバイトは今までやってきた仕事の中でも群を抜いて楽であった。

楽すぎてそのままここに就職しようと決意するも

受験前に3.11の影響により閉店となる。

 

 どうしようと路頭に迷っていると友人の紹介でカラオケ店を紹介され

すぐにそこでまたアルバイトを始める。

肝心の受験勉強はというと最初の予備校に通った3日間以外は一切手を付けておらず

結局受験本番まで英単語一つすら覚えようともしませんでした。

 

そんな中迎えた人生二度目の受験

今回は流石に私だけでなく両親も既に諦めていて

センター試験に至っては私立併願すら金の無駄として受けさせてもらえなかった

当然である。最早ただのセンター記念受験である。

その後一般受験にも挑むも勿論受かるはずもなく

勿論滑り止めも、指定校推薦で行けた大学も全て落ちました。

 

こうして19歳にして人生のどん底に落ちますが

ここである事に気づきケロリと立ち直ります。

そのある事とは

「別にアルバイトの収入でも実家なら十分生きていけるしヲタ活でもしながらお金貯めて養成所にでも行こう」である。

 

そうして22歳までの3年間ほどは実家でぐうたらとフリーター生活を堪能した。

週に3~4回の出勤で月の収入は10~15万円ほど、仕事も楽で

家族からの視線を気にしなければ実家で暮らしながらオタ活をするには十分であった。

 

そして周りも大学を卒業しそれぞれ就職先へと旅立ったのであるが

私はいつまでたっても養成所へ行くお金も貯まらず、されどまともに就職する気配など見せず、どんどんと部屋に溜まっていく大量の漫画や小説、ラノベ、アニメのDVDに美少女フィギュアに同人誌、壁全面にはアニメポスターに下着姿の等身大抱き枕にベッドシーツ…もちろん彼女などいるはずもありません。

「親父を超えてBIGになる」という夢もいつか忘れはじめたころ

そしてついに父の堪忍袋の緒がぶち切れます。

 

父「今すぐ就職しないと家を追い出す、俺の常連がPanasonicのお偉いさんで、お前をPanasonicの正社員にしてくれるらしいから今すぐアルバイトを辞めて就職しろ!」

 

私「ま?」

 

と父は私が抵抗する間もなく、20代前半で自分の店を持つという即決力長年のコネをフル活用し、勝手にアルバイト先に電話をして結局3年務ほど勤めたアルバイトを辞めさせられ

更には就職の為にならではと、祖母からの寄付金車の免許(MT)を取らしてもらいスーツも新調し、髪型もバチッと整え

誰もが知るあの大企業Panasonic正社員として就職することとなる。

 

流石の私も、ここまで散々とお膳立てされたのもあり

出勤日当日までには段々とノリ気になっていった。

周りの友人らにも「俺、Panasonicに就職する事になったわ(ドヤァ」

と言いふらしたりもしました。

 

そして来たる初出勤日、バシッとスーツをキメ、髪も父にバシッとセットしてもらい

初日はなんと社用車で迎えに来てくれるとの事で自宅前まで来た車に乗せられの初出勤

まるで社長みたいじゃないか、それにしてもPanasonicなんて大企業

これから通う事になる会社も勿論でかいのだろうなぁ…などと胸を躍らせながら車に揺られ数十分

 

そうして辿り着いた私の職場は、看板にでかでかとPanasonicと書かれた

商店街の中によくある小さい町の電気屋さんでした…

初めての正社員、そして

 

正直に言うと、迎えに来た時の車の側面にPanasonicと書かれた「軽トラ」

であった時点で悪い予感はしていたのだが、その予感は正しかったのである。

確かにこれもPanasonicではあるが聞いていた話とあまりに違う。

 

到着早々、新調したスーツくさいつなぎの古作業着に着替えさせられ

バシッと決めた頭には臭い安全棒を被り、

法人ビルや各家庭に煙草臭い軽トラに詰め込まれて運ばれ、

朝から晩まで汗だくでエアコンや家電の取り付けをひたすらやらされる事になる。

担当になった上司は、右も左もわからない新人

初日から専門用語であれこれ取ってこいと毎日怒鳴るパワハラ老害野郎であり

 

私が想像をしていたバシッとスーツを着て大きなビルへ通勤し

PCをカタカタするという想像からあまりにかけ離れた仕事内容に、なんと私は

 

入社1週間で退職希望を告げます。

 

 前述の仕事内容のうえに給料も手取りで18万ほどの薄給

聞くところによると他の社員もみんなハローワークから紹介されてきたとばかりと

万年人不足らしい、なんだ!こんな所コネでもなんでもなく入れるじゃないか!

毎日怒鳴られながら 働かされてこれだけしか稼げないのか、

と段々と怒りがこみ上げてきて、まだアルバイトの方が100倍マシだと父親に猛アピール今回は説得することに成功し無事退職。

 

こうしてすぐさまフリーターに逆戻りかと思いきや

なんと前の素敵な仕事を紹介してくれたPanasonic本社お偉いさんは、

すぐに辞めてしまった私を気遣い、次は当時から飛ぶ鳥を落とす勢いのあのSOFTBANKに正社員として就職させてくれるというのである。

 

なんてありがたいのであろうとその話を受けるも、ここでも私は騙されるのであった。

もう勘の良い読者の方はお分かりかと思うが勿論、次の就職先もSOFTBANK本社などではなくSOFTBANKショップを営業する代理店に就職することとなる。

 

これもまた私の想像とする仕事内容では無かったが、スーツを着る仕事に就いた事だけで意外と満足であり、それに今となっては何処でも契約できるが

当時はまだiphoneSOFTBANKしか取り扱っていなかった事もあり。

携帯電話ガジェットが当時から好きだった私はそのまま1年ほどそこに務める事となる

 ここでの職業レポもいつか書いてここに貼ります。

 

相変わらず給料は少ないものの段々と業務にも慣れ、

接客マナー研修などでビジネスマナーを身につけ、契約もバンバン取り

入社三ヶ月で接客グランプリなるものまで選出され、ついには大型店舗での勤務だったのだが、フロア案内から契約からお見送りからアフターサポートまで全て一人でやってしまう一人小型店と言われるまでに成長を遂げたのだが、

ある日突然auショップへの異動を告げられる。

 

代理店勤務のサラリーマンの宿命なので致し方ないが

せっかく覚えた料金プランや販売製品の知識など

また1から覚え直す事に強い抵抗を覚えたのもあり、その後一ヶ月持たずにすぐに退職

 

そうして父の常連である客からの紹介の仕事を二度もすぐに辞めた手前申し訳が立たず

次は自分で仕事を見つけてくると豪語

ハローワークやジョブサイトを駆使し不動産関連の仕事を見つけて見事三度目の正社員となる。

初めてのブラック会社ハローワークのトライアル

 見つけてきた会社はそれはもう超が付くほどのブラックであった。

朝から晩までひたすらどこから手に入れてきたのかよくわからない名簿を使い営業電話をかけまくる。稼げる人は稼げるのだろうが、入社初日から

アポイントが取れるまではお昼も休憩も定時上がりも土日も一切なしの徹底したブラックぶりに初日でバックレる新人も多数出る中、もちろん社会不適合者の私にそんな仕事が合うはずもなく一ヶ月持たずにしかも給料ももらわずにバックれました……

 

しっかりと給料をもらって辞めなかった事に父は激怒しましたが

ここに1秒でも長くいるとリアルにストレスで死ぬと感じたので当時は仕方がありませんでした。これでますます家族からの風当たりはキツくなっていきます。

 『どうしてお前は普通に働けないのか』

『若いうちは我慢しながら仕事をするのが普通』

いつからか父の口癖は世間体を気にしだし

「早く就職しろ、社会保険がある所なら何処でもいい」

に変わっていました。

普段は進路に口出ししない母も執拗に「皆と同じように普通に働いてほしい」と口をだすようになります。

 

そんな中、次は『今までは自分が興味のない仕事だったから続かなかったのだ!』

今度は自分の興味がある分野で働こう!

とここで初めて自分が好きなものについて見つめ直してみるも

その時一番好きだったものはアニメ関連だったのでその分野に絞りハローワークで仕事を探していると

CD・DVDプレスの代理店の営業職三ヶ月トライアル期間の募集を見つける。

その他にも声優事務所のマネージャーやアニメイトの社員なども受けたりし、

全て採用通知を貰っていたのだが、三ヶ月間とりあえず働いてみて、雇用者と求職者双方で合うか合わないかを判断して最終的に正社員採用となる制度に惹かれ

結局CD・DVDプレス代理店に四度目の就職を決める。

 

大阪に本社を構えるプレス会社での東京支社勤務となり華の渋谷が勤務地となり

三か月間プレス代理店の東京支社長跡継ぎ候補として働き始めるのであった。

 

持ち前の器用貧乏さを活かして小さい会社ながらも順調に評価をされていき

他の事業部まで兼任するという話まで持ち上がったりもしながら

あっという間に三か月が経ち、いざ正社員になるぞ、というところでなんと

正社員は残業代が出ないことが発覚、更に支社長として仕事を全て引き継ぐと

土日全てサービス出勤しても時間が足りないなどブラック企業としての顔

早速見せ始め

 

最後には大阪の本社まで行き、社長やその家族や社員などと挨拶までしたにも関わらず

トライアル期間終了と共にバックれたのであった……

 

またもやバックれて辞めた私に対して両親の我慢は限界

「今すぐ部屋にある気色の悪いものを全て捨てる!そういうのは稼いでからやれ!!」

と宣言され勝手に部屋のヲタグッズを捨て始めるのであった。

 

仕事が続かないストレスと家でのプレッシャーの板挟みで既に限界だった私は

もうどうにでもなれと趣味を侮辱された事でついに何かが吹っ切れ

「捨てられるくらいだったら全部自分で売る!! 家も出ていく!!」と吐きつけて

当時持っていた全てのオタグッズを血の涙を流しながらブックオフに売り飛ばし

そのお金と着替えをボストンバックにありたけ詰めてそのままの勢いで

23歳にして初めて実家を出る事となったのであった

 

ホームレス、バイク旅、スロプロ、そして

ヲタグッズを全て売ったお金10万円ほどとトライアル期間の給料の残り8万を合わせて手持ちは18万円ほどでした。

季節は12月過ぎだったので、寝られるところを探しては、関東を中心に

日本国内を転々として過ごす日々が始まった。

 

家を出て最初にしたことは、まずヤフオクで同じ市内の激安の中古原付バイクを購入し移動手段を確保することだった。

基本的には公園のベンチ河川敷公衆トイレ、道の駅、2chの泊めてくれる板の住人の家などで雨風をしのぎ

手持ちのお金で一日パンを一つ食べ、水は水道水をペットボトルに入れて持ち歩いていた。

お風呂は3日に1度一度満喫や銭湯などで済ませ、洗濯物はコインランドリー

原付のお陰で荷物を載せられたでボストンバック3つほどの荷物を持ち歩いていました。

 

その時の主な収入源はギャンブルなどで、スロットの天井狙いのハイエナに徹底し

さらには仲間内の麻雀にも一切手を抜かず徹底的に勝ちにこだわった。

そんな努力?のお陰か、半年経つ頃には部屋を借りるほどにはお金はないが

毎日満喫に泊まって3食食っても問題ないくらい稼ぐ事が出来たのである。

 

この間恥ずかしいのでホームレスであることは親しい友人以外には隠していただが

意外に誰にもバレる事はなく、ちょくちょく神奈川に戻っては昔の友人と遊んでいました。

 

そうして早くも実家を出て丁度1年が過ぎたころ、

友人の結婚式のために神奈川に戻ってきているときに

中学時代の友人Aに遭遇する。

この友人Aとの再会により、私の運命はまた大きく捻じ曲がる事となる。

 

久々の再開で昔話に華を咲かせていると

なんと友人Aは現在知り合いの店でキャバクラの店長をしているらしく

Aの家に住んでいいからウチで働かないかと誘われ

そのままAの家に居候することとなり、ホームレススロプロからキャバクラの黒服へと昇格する事となったのである。

布団を敷けばもう足の踏み場もない、階段下のハリーポッターと同じくらいの部屋だが自室も手に入れ

ようやく寝る時の雨風の心配やネカフェの延長料金を気にする必要が無くなったのである。

 

キャバクラ黒服時代そしてアンダーグラウンド

 キャバクラの黒服として働き始め3ヶ月ほどが経ち

仕事にも慣れてきて、段々と余裕ができ始めたある日、事件が起きる

店長のA店の営業方針でオーナーと大喧嘩その日のうちに辞めると宣言

Aの紹介で店に入った私も巻き添えで共に3ヶ月で無職となる。

 

既に23歳にして何度無職になったか分からないくらい無職になることに慣れすぎてしまったのか危機感などは全く無く

Aとヘラヘラと笑いながら次の仕事はどうするかと釣りやスロットなどをして無職期間を過ごしました。

 

そうして無職期間を堪能し、さあいよいよ次の仕事はどうするかとなった時に

ふと「Aの親父がなんと裏カジノで働いている」と言っていた中学時代のAの話が気になり、詳しく聞いてみるとなんとそれは事実であり裏カジノは日本に存在すると言うのだ。

 

紹介はできるけど表の職歴はもう就かないし最悪捕まる事もあるというリスクも勿論聞かされたがその月給は表の世界の新卒で大企業に入って10年は働かないと稼げない月給であり、既に表の会社に希望をなくしていた私は、早く稼いで念願の一人暮らしをしてみたっかったのもあり、私は裏カジノで働く事を決意するのであった。

 

裏カジノディーラー時代・初めての一人暮らし・そして大麻との出会い

この時代の詳しい話はまた別の記事で書こうと思っているが

とにかくアンダーグラウンドでの生活は私の価値観と人生を一変させた。

そしてこの時代が普通に聞くと滑稽に聞こえるかもしれないが表の会社と比べても、

一番労働者として楽しかった時代でもある。

 

3食作りたてのご飯が食べられ1時間に1回は煙草休憩があり

残業代は15分単位できっちりと出る。

仕事内容もディーラーさえやらなければ基本的に立っているだけである。

ディーラー自体も絶対にミスが出来ないという緊張感はあったが、お客さんとの勝負は楽しくまさに天職かもと思い始めていた。

また週6日勤務1日12時間という拘束時間が異常に長い事やスマホが仕事中一切触れないデメリットなどはあったが

いち早く居候の立場から脱却し一人暮らしがしたかった私は一心不乱に仕事に打ち込んでいった。

 

無遅刻無欠席など表の世界では当たり前のことが、ンダーグラウンドでは出来ない人が多くただそれをするだけで周りからの評価を自然に高まっていった。

それと裏の世界はITに弱い人が圧倒的に多くPCやスマホに詳しいキャラということでも評価を高めていき、どんどんと裏社会の出世街道を駆け上がっていった。

能力がすぐに給料に時給として反映されるのもこの業界の魅力であった。

 

またこの時からブログなどを始めあらゆる副業に手を出し始めた時でもあり

(この時のブログは長く続かなかった)

たまたまその中の一つの無在庫転売が上手くいき、カジノの給料と合わせて

100万稼ぐ月も珍しくなかった。

 

こうして私は実家を飛び出してホームレスになってからおよそ2年弱で

以前は考えもしなかった生活を送る事になり

23歳にして月100万を稼ぎ、最上階角部屋のマンションも借りて、車も買い

高級ブランドを買いあさり、美味い飯をたらふく食べ、好きなヲタグッズは好きなだけ買い、とまあ正にプチ成金のお手本のような生活を続けていました。

 

そんな中24歳にして人生で初めて大麻を体験する。

 

この時の私はまだそこまで深く考えてはいませんでしたが、この体験が後のこのブログを始める最初のきっかけであり国や大人が教えることは絶対』だと信じていた私の価値観をひっくり返される衝撃的体験あったのだが

これについても書き出すと止まらなくなるので、また別記事でまとめるつもりではいるがとにかくこの大麻との出会いによって私の生活は更に一変することとなる。

 

まず今まで社会生活を営む上で悩まされていた不眠症や偏頭痛、喘息などの体質改善が見られ元々お酒が飲めなかったのもありどんどんと大麻の魅力にのめり込んでいった更には当時一日一箱は吸うヘビースモーカーだった煙草

「1日20本煙草を吸うなら1本ジョイント吸えば良い」禁煙に成功。

2018年現在で3年ほどアルコールとニコチンは一切口にしていない。

 

ともかくこうして私にとって大麻は、いつしか肉体的にも精神的にも支え続けてくれる生活のQOLを上げてくれる欠かせない物となっていった。仕事上のストレスも泣きたい夜も家に帰って大麻が吸えればそれだけで良かった。

 

それからはいろんな友人を家に招いてセッション(一緒に大麻を吸う事)が

もっぱらの娯楽となった。

 

あいつは大麻ジャンキーになってしまったと離れていった友人も勿論いるが

それ以上に大麻の魅力に気づき、また一緒にやろうと言ってくれる友達のほうが

断然多かったのも嬉しかった。

 

こうしてアンダーグラウンドに落ちてからあっという間に2年が過ぎ

 

長時間労働からの思考停止への恐怖接客業でのストレスの限界、スマホが触れない事による副業への影響

そして昔思い描いていた声優への夢が諦められず、こっそりとお金を貯めて念願の養成所へ入所することに成功。

そして入所して半年たったある日、遅番へのシフト変更に伴い通う事ができなくなったのと、同人でちょくちょく声の仕事を頼まれたりもあって、もし声優になるなら

事務所所属じゃなくても同人やネットラジオ配信でも稼げるじゃんと気付き退所。

 

そんな中、元々好きなのも会って里親から貰い手のいない捨て猫を貰い受けるのだが

いつしかこの子が私の生きる糧となっており一緒にいる時間を大事にしたい!と言うのもあり、これからは個人で生きていく時代だ!副業一本に仕事を絞る事を決意。

 

結局一度も捕まることなく2年近く働いた裏カジノ業界を引退

副業に専念していったのであった。

 

副業の失敗・会社の立ち上げ・そしてまたアンダーグラウンド

 

最初はこれで愛猫と一緒に仕事が出来る!とガンガン仕事をするが

副業に専念し始め半年が経ったある日、すぐに経営は行き詰まっていた。

当初勢いがあった無在庫転売店自体がネットショップを開いたり

転売自体を禁止したりと次々と売上も落ちていき、その後せどりや限定商品転売などにも手を出すが

結局在庫を抱える事の方が多く、みるみる貯金も無くなっていき、すぐに生活に行き詰まってしまったのである。

 

裏カジノ時代の同僚や先輩後輩たちにも

「いつかBIGになって客として遊びに来ますよ」とか調子の良い事を言って引退したのでまた同じ店に舞い戻る気にもならず、どうしようかと途方に暮れていたところ

たまたま会った大麻好き中学時代の友人Y会社を作るから立ち上げを手伝ってくれないかなんだか面白そうな話を振ってきたため二つ返事でOK

立ち上げてまだ3日のベンチャー企業への就職を決めるのであった。

ベンチャー企業立ち上げ・給料未払い・倒産

ここでの話もまた別記事でまとめて書いてここにリンクを貼るつもりではいるが

それはもう潰れて当たり前の悪いベンチャー企業の見本を集めたような会社であった。

まともに業務出来ていたのは正味2ヶ月も無く

後は相次ぐマシントラブル原価の計算ミス(そもそも計算すらしてない)などなどが重なり、なんと立ち上げ三ヶ月目にして給料未払いという目も当てられない始末に陥る。

 

毎日カップラーメン一つで飢えを凌ぎ、家物を切り売りし家賃や日銭を稼ぐ日々が続いた。

 

会社の立ち上げを勉強させてもらいながらあわよくば会社を乗っ取ってやろうとか考えていた矢先ではあったが

既に出発した時から欠陥まみれの泥舟である事にいち早く気づき半年ほどで退社

この間社長に給料を催促するたびに土下座をされ居た堪れない気持ちを何度も経験する。その後私が辞めた三ヶ月後に見事倒産他社へ吸収されていった。

 

勿論退職後もしばらく給料は支払われることは無く友人にお金を借りたり

車を売って駐車場を解約してとにかく出費を減らしたが

とうとう一日醤油味の具なしパスタしか食べる物が無くなり

されどもう表の仕事の待遇と給料では満足できない体になってしまっており

泣く泣く裏カジノ業界へと出戻る事にしたのである。

裏カジノへの出戻取り・心身崩壊・そして鬱病

その時既に実家を飛び出してから4年あまり経っており

その間両親とは一度も連絡を取ることは無かった。 

いつかBIGになって小うるさい両親を見返してやる!

そんな気持ちと愛猫大麻だけがいつしか自分を支えていました。

 

こうして出戻った裏カジノ業界、今度は前とは違う系列のお店へ入ったのですが

ここで分かったのは裏カジノ業界も店によって全然待遇が違うのだと言うことである。

次に入ったお店はスマホも勤務中弄れてお客さんがいなければ常に寝ているか遊んでいていいなどと、かなり自由が効く店であった。通勤初日には電車賃すら無く3時間歩いて通勤していた身には嬉しい事に給料は日払いで三食ご飯付きである。

 

そして前の店舗と一つ決定的に違うのが893の方々が普通にお店に打ちに来る事であったある一般的な裏カジノ業界は基本的に暴力団関係の方は一般のお客さんが怖がるため入店出来ないのであるが、その店はお構い無しの893ウエルカムなお店でそこらのチンピラ893からその街をまとめるボス893まで千差万別のギャンブル中毒893が押し寄せる店で、それはもう私達ディーラー達への当たりは酷いものであった。

 

前のお店と違いディーラーとしてゲームに入るたびにストレスで、毎日

『いつか必ず刺し殺す』

『お前を街で見たら確実に轢き殺す』

『夜道と実家には気を配れ』

 

などの恫喝は挨拶のようなもの

更にはゲーム中に頭を殴られ足を蹴られ

本来止めるべき黒服も苦笑いするのみである。

そして出戻りから1年が経とうとしたその頃

仕事中に突然目眩がし倒れ、その後入院する事となる。

直接の原因はインフルエンザだったのだが、同時にストレスによる心身負担、鬱病の疑いありと診断される。

入院している間よく考えていると裏カジノは確かに表よりは遥かに高い給料だが、

893を相手に命懸けで捕まるリスクを背負いながら時給1700円はあまりに安すぎる。

段々と待遇に腹が立ってきたのと、鬱病のせいなのか

もう何をしても無駄なんじゃないか、俺はBIGになんてなれなくて

ただの底辺のまま死ぬのだとネガティブ思考が止まらなくなる。

 

心身はリンクするとよく言うが、どちらかを崩せばどちらかに負担がかかるのは当然であり

結局2ヶ月近く体調も精神状態も治らず働こうとしてもどうしても体が軽く熱を帯びたように怠く動かず、何もやる気が起きなかった。

だけどもお腹は減るものでどんどんと貯金は無くなっていき、

ついには友人に借りていたお金や、家賃の支払いも出来ないWEEDも買えない

将来に絶望しか無く、早く死ねないかなと思う日々であった。

 

そしてとうとう自殺を決意愛猫を田舎の祖母の家に預けようとこちらも

5年ぶりに尋ねると、元警察官の祖父は酒で肝臓を壊し、毎日透析に通うため腕の

血管はグロテスクに腫れ上がり、更には認知症も大分進行しており

同じ話をよく繰り返し聞くようになっていた。

 

祖母にも父と同じように工場でも何でも良い早く働いて安心させてくれと言われるが何も言わずに猫を預かってくれ、帰りにはいつも帰省の帰りに持たしてくれた弁当箱と封筒の中に10万円が入っており。『本当は畳の張替え代に使おうと思ってたけど可愛い孫のために使わせてもらうよ、おばあちゃんたちももう年金暮らしだからあまり大きな金額は渡せないけどね』との書置きを読みながらしょっぱいウインナと卵焼きの弁当を食べて、祖母の優しさと自分の無力さにもうどうしたら良いのか分からず涙が止まらなかった。

 

こうして田舎から神奈川に戻ったその日にたまたま友人Aとまた再開する。

 

彼に話をするとすぐに大麻を無償で分け与えてくれ、更には今の自分の状況を知った今まで自宅に招待してセッションを楽しんできたWEED仲間達もが次から次へと大麻を無償で分け与えてくれ、そのお陰もあって自殺を思い直し

今度は自分が大麻に恩返しする番なのだと少しづつ前に進み始めるのであった。

微力ながらも何か出来ないかと考えた時に私の昔の夢の一つに小説家という夢があったのを思い出したのであった。

 

昔から文章を書くのが得意でいつか自分の本を出したいとずっと考えていた。

浪人時代にはオタク仲間とお互いに書いたライトノベルもどきを見せあい

キャッキャウフフしたものである。

 

人によっては黒歴史なのかもしれないが

それからも私は趣味の一つとしてなんとなく小説は書き続けていた。

しかし中々書きたいテーマが定まらないのと

完璧主義過ぎて最後まで仕上げた作品はまだなかった。

 

そんな事もあっ他ある日、体に電撃が走ったように思い付いた。

 

『そうだ、大麻をテーマにした小説を書こう』

 

その為にまずは書くための時間を確保しなければ……

そう考えだすともう自殺なんて事は考えはしなくもなっていた。

それと同時にブログで大麻について発信していき、認知を広めよう。

 

大麻は気持ちをポジティブにしてくれる。

それを確信した瞬間でもあった。

仮想通貨で繋がる首の薄皮1枚

 

そんな中2017年初めあたりに大麻仲間からたまたま仮想通貨の話を聞いており

中でもXEMXRPが熱いと言われていて(今もそうだが)

なんとなく10万円分ずつ買ってみると、それがなんと2017年の末に高騰

上手く売り抜けることに成功投資の面白さを知るのであった。

 

そんな中大麻仲間友人Mと遭遇、今丁度いい案件があると仕事を振ってくれ、なんと自宅で出来る仕事だという。

更に詳しく話を聞いてみるとバイナリーオプション用の個人的に500万出して作ってもらったサインツールがあるからそれを使って欲しい。

PCも希望のスペックで提供してくれ、しかも投資資金も向こう持ちだと言うのである。

 

こんな美味しい話はない!、上手く行けば在宅で愛猫を呼び戻して離れることもなく仕事ができて。しかも元々前から興味があった投資の勉強も出来る二つ返事でOKバイナリーオプションの仕事を始めるのであった。

 

これもまた別記事に詳しく書いてここにまとめ記事を貼るつもるではあるが

結果だけ言うと、私はこれでタコ負けして全財産を失い

更には借金200万まで背負うことになる。

 

今になって思えば既に私には初めから勝ち目のない勝負であったのであるが

それもいつかその記事で詳しく語ろう。

 

そうしてその後も友人Mの紹介で廃品回収車の仕事を2週間ほどするも、無駄に借金を増やすだけで、その間に家賃も3ヶ月ほど滞納電気もガスも止まった生活をしていたため、ついには強制退去家を追い出されしかもその強制退去日に下腹部に腫瘍が見つかり救急車に運ばれ即手術・入院の麻雀で言うなら倍満クラスの災難にもあい、

再び人生のどん底へと落ちていったのであったのであった。

 

★投資の勉強を決意

 

最初の投資自体は前述の通り勉強不足もありすぐに痛い目を見たのだが、

これが縁となり友人Aの紹介で医者から仮想通貨を教えてほしいと声がかかり、

その後個人契約、そのコンサル料として月50万稼ぐ事が出来たのも大きな自信となる。

 

またその先生から病院内の人材不足を補うために、看護助手として正社員で働かせてもらいもしたのだが、その給料はコンサル時の半額でますます普通に働いて稼ぐ事の時間の無駄さを実感する。

 

その病院も休憩室で友人Aと大麻を吸っていたのがバレて首になるのだが

これはまた長くなるので別の所でしようかと思う。

 

とまあこうして社会不適合者の道を爆走してきたのだがここでついに

日本での生活に限界を感じ始める。(今更であるw)

無職期間には暇すぎて瞑想にハマり、その頃から生きる意味とは何か

とか本当の幸せとは何かとかを考え始めるようになる。

★断捨離・6年ぶりの帰省・そして海外へ

最後の無職期間はひたすら家のものを売ってなんとかその日暮らしを続け

最低限の着替えとiphone意外は全て売り飛ばし、ついに実家を飛び出して5年あまり

全てを失った私はとうとう5年以上連絡を取らなかった実家へと逃げ帰るのであった。

 

 

5年ぶりの実家へ帰ると、あれだけ小うるさかった両親も気のせいか随分と小さく見え

すっかりその見てくれはおじいちゃんとおばあちゃんになっていた。

家を出る前から飼っていた実家の猫も2匹とも既に死んでおり

いつまでも若いと思っていた両親は少し戸惑った顔をしながらも

私を受け入れてくれたように見えた。

 

最盛期には3店舗もあった父の美容室も、バブルの崩壊と不景気の煽りをくらい残り1店舗となり、その店も風前の灯火だという。

あれだけキレイだった実家の億ションも経年劣化で床や壁の痛みはひどく

更には老眼で汚れが見えないのであろうか、掃除が全然なされていなかった。

 

ローンもまだ半分ほど残っていると言うそのボロボロの実家を見て

私はその時初めて、5年という時の経過の重さを実感したのである。

父は前と相変わらず社会保険のあるところに就職しろ』と呪いのように私に言うが

その背中と語彙に以前の力強さは既に無く、仕事から帰ると飲めないお酒を煽って顔を真っ赤にしてはすぐに寝てしまうのであった。

 

母親も歳のせいか、てんかんの症状が激しくなっており、感情の起伏や発作の頻度が上がっており、病気のせいで悲しそうに微笑む母親の姿を見て、なおさら大麻の必要性を感じるのであった。

 

この家族を救えるのは私だけだ

 

しかし日本で大麻を吸わせるわけにもいかない

そもそも両親ともに『駄目、絶対』を大きく信じており、特に警察官に育てられた父親大麻もドラッグもダサいものと認識しており、おそらく大麻と聞いた瞬間に殴られるのがオチである。

 

どうしようかと途方に暮れていた時に思いついたのが

『カナダに自分の大麻喫煙ショップを作る』

という計画であった。

 

それで成功して名を売って本を出そう。

その本を売ったお金で実家のローンも払いきって

家族ごとカナダに移住してやる!!

 

 

 

日本人が経営する仮想通貨を使って1g=1円で吸えるお店にすればきっと日本で大麻に触れたことがない日本人観光客でも気軽に大麻に触れられる機会も得られて

更には開業資金も集めやすい!

こうしてどんどんと日本人の大麻経験者を増やしていけばいずれ日本も変えられる!

ドクンと熱いマグマのような、産まれてから初めて感じる衝動のような、体の内側から沸騰するようにエネルギーが湧き出すのを感じた瞬間でもあった。

 

私の20代を一言で表すのであればそれは大麻だった

 

そう断言出来るほどに私をあらゆる面で夢中に、そして生きる上での

支えとなった大麻に、その出会いから全てが運命としか言いようがないその

愛すべき大自然の恵みに恩返しする時がついに来たと勝手ながら

使命感のようなものも感じたのであった。

 

百聞は一見に如かずと言うが大麻こそ正にそれで

何事も体験しなければ分からない世界と言うのは確かに存在するのである。

 

しかし日本人でこの計画を実現させるには法的にハードルが高そうだ……

 

そこでまず考えたのはカナダ人になることであった。

カナダ人になってさえしまえば日本の法律の事でとやかく言われる事もないであろう。

心さえ日本にあれば国籍など関係ない!

そうとなれば早速大麻好きのカナダ人美女の嫁探しだ!(そっちが本命かいw)

一文無し、借金まみれの状態でカナダへの移住計画を立てるのであった……

 

こうして私はこの無謀な計画を成功させるためにまず計画や考えをまとめる場所

そして海外で自由に動くための安定した収入と時間が必要であると考え

まずはその一歩としてこのブログを始めたのであった。

 

と、まぁここまでが2018年8月現在のDJ HappyWeedCatの大まかな経歴である。

 

まだまだやる事は山積みなのだがまず

今は情報を常に発信し続けるする側でいる事

そしてこのブログを書き続ける事が

この大きな目標への最短の一歩と信じ書き続けるのであった……

 

果たしてここまで読んでくれた読者がいったいどれだけいるのか分からないが

こんな路傍の石ころのくっさい自分語りを、最後まで読んだよという

奇特な方がいれば、まずありがとうございますと感謝を伝えたいです!

ありがとうございます!お疲れ様でした!

 

またこれからも応援するよって方がもしいらっしゃればツイートしていただければ必ず反応しますので、下のツイートボタンから呟いていただければ必ずエゴサにより反応致しますのでご協力のほどよろしくお願い致します。

 また、この計画を応援してくださる同士の方や日本で大麻は吸った事はないけど海外で吸ってみたいという方がいましたら支援金をBTCかPOTcoinにて受け付けております。

支援金は全額合法国での大麻喫煙ショップの開業資金と大麻合法化活動に

使わせていただきます。

 

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 お仕事の依頼・お問い合わせ等・計画の協力者は

djhappy420weedあっとgmail.com

あっと@に代えてご連絡お願い致します。

 

thankyou read!!

 

have a nice chill time!

 

 

 

*1:1万字程度では終わらない